インフォメーション

2016-07-26 18:41:00

少し前ですが、右の写真のとおり 熊本地震の本震から1か月後の5月半ば

鹿児島から熊本県益城町に行ってきました

軍手にヘルメットと安全長靴、自分の昼飯のコンビニパンとペットボトル2本・・

福祉訪問理美容師の私がハサミを持ってのボランティアカットではなく

がれき撤去のボランティア活動をしてきました

朝4時半に鹿児島を出て高速道路で3時間かけて益城熊本空港ICへ

image6その二つ手前のIC(インターチェンジ)までは変化なし

一つ手前の御船ICを過ぎると一変

両サイドの家々は屋根にブルーシート

そして右の写真みたいに片側通行で

路面には5㎝、10㎝の段差をアスファルトで埋めた後が・・

速度も100キロ規制が時速50㎞規制にimage1

それでも縦にうねっているのがはっきりとわかる

写真でわかるだろうか?その中でも最大のもので50㎝ほど

橋が持ち上がったのか?周りが落ちたのか?

あまりの段差のため2ヶ月ほど一旦停止でゆっくりと超えていく措置がとられていた

高速道路の話ですからね!大渋滞でした。

高速道路を降りてから15分くらいの中心部から外れた一般企業の大きな敷地に

益城町ボランティアセンターが作られていました

その日は日曜日ということもあり500人以上の方が朝9時の段階で並んでいました

 

image7

受付をしてから50人くらいずつ職員の話をききます

「現場の家の方に地震はどんなだったですかなど聞かないでください、

被災した恐怖を思い起こさせることになるので、ただし、

先方から話されたときは聞いてあげてください」や、

「どんなに壊れて汚れた物でも このゴミ捨てましょうか?など

言わないでください、本人にとっては大事なものかもしれませんので」などの

30分ほどのレクチャーを受けます

その後レクチャーを受け終わった人から前に詰めていきマッチングをしていきます

益城町ボランティアセンターには全国の社会福祉協議会から

職員さんが派遣されていました、滋賀県の社協の方、和歌山県みなべ町の方など

その方たちが前日までに受けた依頼を割り振っていきます

挙手制で「○人募集で仕事内容はがれき撤去・搬出」

「8人募集 内容は避難所の清掃(トイレなども)や物資仕分け男性4人女性4人お願いします」など

私は8人のがれき撤去グループにはいりました、話し合いでリーダーを決め

車3台(軽トラ含む)で20分離れた山間の集落へ

その辺りもひどかった、被害を受けていない家は無く

その集落の真ん中には小川が流れているが

その小川に落ちている家もあった

私達はその中の一見比較的被害少な目な1件の家の依頼で

前日までに他のボランティアさんがまとめて置いたがれきの搬出と

崩れて隣の家にめり込んだブロック塀の解体撤去などを・・

しかし2時間ほどであっさりと終ってしまった

途中 近所の方から「ついでにうちもやって欲しい」と声をかけられたが

センターにて事前に「受けてはいけない」との説明を職員の方から受けていた為

ボランティアセンターに依頼してくださいと話して依頼があった事を職員に報告しました

後日職員がその辺りに個別訪問調査をし

安全性の確保、仕事範囲の確認、なんの道具の貸与が必要か?何人必要か?を見るみたいです。

瓦礫を搬入所に運ぶ軽トラ組と分かれセンターに戻った私達男4人は

職員にお願いしてもう一件行かしてもらうことに

次の物件は新しい3人を追加し男7人で行くことに

庭の石垣が崩れて下にある隣の家になだれ込んでいるという

重機も入らない石垣と家との狭い隙間、

スコップも入らない大小さまざまな石と岩と水気をたっぷりと含んだ黄色い粘土質に苦労しながら

土のう袋と一輪車、ショベルで土のうを200袋ほど作り上の敷地にあげる

最後は次の日が大雨予報ということもあり応急措置としてブルーシートを被せて・・

その日は快晴で5月半ばだというのに気温29度

さらに次の日が大雨予報で湿度がすごかった

Tシャツの袖につけたボランティアセンターの名札シールが汗でくっ付かなくなる位・・

 

熊本市内から休みの度に毎週来ている公務員、

少ない休日に福岡から来た電話連絡が忙しいながらも頑張った社長さん、

名古屋から車で来た3日目の自営業の方

以前住んでいた益城に駆け付けた山口県からの会社員

自身も被害を受けたのに毎日仕事に行くようにボランティアしている66歳の方

大人が7人で4時間本気で頑張った

本気で頑張ったからこそ思うことがあった

 

時間は16時前、ボランティア活動は16時までに終わり

リーダーが報告して終了と決められている

帰り道の軽トラから見える景色・・

屋根瓦が崩れた家々、土台ごと崩れ傾いた家

一階がつぶれて平屋になったような家があちらこちらimage3

倒れたブロック塀、崩れた石垣、割れた道路

大人がこれだけ頑張って あの家しか!あの家のあの部分しか出来てない!

周りを見れば母屋や隣の家もその隣も崩れかけてたのに・・

達成感とかはなかった・・自然に対する人間の小ささ・・ショックの方が大きかった

少し大きな交差点には壊れた信号機の代わりにお巡りさんが・・

本来なら軽トラの荷台に人が乗っていたら止められるのだが

ボランティア活動だからか黙認してくれた

泥だらけになったズボン、汗まみれのシャツ 疲労感たっぷり

言葉少なめにみんなでボランティアセンターに戻ってきた時

職員さんやほかのボランティアさん達が大拍手で迎えてくれた!笑顔で!

次々と戻ってくる人たちに「おつかれさまー」「ご苦労様でしたー」

 

・・・・・・涙がでそうになった

 

頭の中では映画『アルマゲドン』の主題歌『ミス・ア・シング』が鳴りっぱなし

すごく救われた気がしたそして

そこにいる人達みんながヒーローに見えた・・映画のように。

 

鹿児島県民の私にとって益城町は読み仮名も

「ますき」だか「ましき」だか読めないくらいの町でしたが

『ましき』は第2の故郷になった気がした

これからもいろんな方法で応援したい

『トリプルボランティア』という言葉がある

➀現地でボランティアをし、②そこで観光や飲食・お土産などでお金を使い

さらに③その事を周りの人へ発信する

本震から103日まだまだ大変です。

がんばれ熊本!

1